出版不況という言葉すら古くさく感じられるほど、出版業界の低迷は長く続いている。若者の活字離れが主な原因などというが、その若者たちは一日の多くの時間を費やしてスマホの活字を追いかけている。
だから決して活字離れが進んでいるわけではなく、単に紙媒体から離れてしまっていることが出版不況の最大の要因のようだ。
そんな不況下の出版業界だが、近年、図書館や書店など、本を扱う場所が従来とは少し違ったスタイルに変化してきている。さらに「泊まれる本屋」として、いわゆるブックホテルが全国に広まりつつあり、活字中毒者に人気となっているようだ。近ごろ流行りのブックホテルの魅力を探ってみよう。
出版不況を発端に新しいスタイルの書店が登場
出版科学研究所によれば、2018年の紙の出版販売額は約1兆2800億円。前年実績から6.4%の減少となり、これは14年連続で前年実績を下まわる数字だ。ピークだったのは1996年で、この年の出版販売額は2兆6563億円だったので、昨年の段階で半分以下に落ち込んだことになる。
その内訳は書籍が約6900億円、雑誌が約5800億円で、書籍は12年、雑誌は21年続けて前年実績を下まわった。新聞の部数減はいうまでもなく、あらゆる紙の出版物の販売低迷に歯止めがかからない状況が続いている状況だ。
このような“じり貧”の状況に、出版社はもちろんのこと、出版社と書店をつなぐ大手の取次会社なども、消費拡大を目指して需要喚起に知恵を絞っている。
取次最大手のひとつである日本出版販売(日販)は、昨年12月、東京・六本木の青山ブックセンター跡に入場料1500円を徴収する書店「文喫」をオープン。コーヒーや煎茶を飲み放題で、店にあるおよそ3万冊の本を閲覧室や喫茶室で読めるシステムだ。
当初は成功が疑問視された新形態の書店だが、フタを開けてみると意外にも“デジタルではない、紙の活字好き”が大挙して押し寄せ、週末には入場制限がかかるほどになっている。紙の出版物もまだまだ捨てたものではないことを提示した格好だが、これをさらに進化させた形がブックホテルといえるだろう。そのコンセプトは、まさに「泊まれる本屋」なのだ。
都市型ブックホテル利用者は近くに住む人…?
「泊まれる本屋」の先駆けとして注目を集めたのは、2015年11月に東京・池袋に1号店がオープンした「BOOK AND BED TOKYO」。1泊3000円台〜という格安の宿泊料金で泊まれるホステルで、蔵書数は約3200冊。宿泊すればそれらを自由に読むことができる。
部屋は個室ではなく、ベッドスペースとして本棚などで区切ってあるだけで、完全なプライベート空間とはいえない。トイレやシャワールームも共同だ。宿泊客が共同で使えるスペースには心地よいソファーなどが置かれ、コーヒーマシンやトースターなども完備されている。ゆったりと読書できるリラックス空間が確保されたカプセルホテルの進化版と言えるだろう。
本は販売しているわけではないが、どれでもベッドスペースに持ち込むことができ、好きな本を読みながら“最高の寝落ち体験”ができると評判だ。利用者は観光客だけでなく、3分の1ほどは近場からの客だという。つまり、近くに住んでいても、本に囲まれる非日常的な体験ができる場所として人気なのだ。
このBOOK AND BED TOKYOは池袋本店に続き、新宿、浅草、京都、心斎橋、福岡と続々とオープンし、今では全国6店舗で展開。デイユースもできるので、活字中毒者にとってはオアシスのような空間といえるだろう。
徐々に地方にも広がっている新形態ブックホテル
このブックホテルは、東京だけでなく地方にも続々と誕生している。名古屋市中区にオープンした「ランプライトブックスホテル名古屋」は、ビジネスマンの出張や観光客の利用を想定したブックホテルだ。
シングルやツインなどの客室が用意されている、いわゆる一般的なビジネスホテルなのだが、大きな特徴はホテルの1階に24時間営業のブックカフェがあること。24時間灯りの消えない街の書店がコンセプトで、「旅」と「ミステリー」のジャンルを中心に約3000冊を販売している。宿泊客は、購入しなくても部屋に1冊持ち込めるという。
部屋には調光可能な間接照明とリーディングランプ、オットマンを備えたひじ掛け付きソファなどが置かれ、本が快適に読めることを第一に考えて作られている。朝まで本に没頭してしまう人にとって翌日の仕事への影響も気になるところだが、従来のビジネスホテルならビデオ放映のサービスをしていたはず。本好きなら、こんなブックホテルを選んだほうが充実した時間を過ごせるかもしれない。
リゾートタイプのブックホテルも増えている
ブックホテルは、観光地にあるリゾートホテル・旅館にも広がっている。これまでならゆっくり温泉に浸かり、食べきれないほどの夕食をとり、あとはすることもなくのんびり……というのが、観光地の宿での基本スタイルだったかもしれない。それが少し様変わりしつつあるようだ。
【箱根本箱】(神奈川県箱根町)
“本に囲まれ暮らすように滞在する”がコンセプトのブックホテル。館内には巨大な本箱があり、新書から古書まで、およそ1万2000冊の本がある。人気作家や俳優などが選んだ「あの人の本箱」もあり、基本的にはすべてが購入可能だ。箱根は何度も行ったことがあるという上級者でも、こんなホテルで読書に没頭して過ごすのもいいかもしれない。
【星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳】(山梨県北杜市)
さまざまなアクティビティが用意され、大人から子どもまでが思い思いの楽しみ方ができるリゾートホテル。親子で楽しめるアスレチックや本格的なプール以外に、木のインテリアが心地よい「ブック&カフェ」がある。壁に設置された大きな本棚には、旅やアートの本、絵本や育児書なども豊富。
【野尻湖ホテル エルボスコ】(長野県信濃町)
野尻湖畔にたたずむ“読書するためのホテル” 。近代建築家の清家清氏が手がけた、大人のためのゆとりの空間だ。ロビーから続くライブラリースペースにはやわらかな照明が施され、大きな窓から森の緑や野尻湖を望むことができる。ゆったりと上質な読書タイムを過ごせそうだ。
今回ご紹介した他にも、各地のリゾート地にブックホテルは増えているようだ。
── 旅と読書は親和性が高いことは誰もが知っていること。読書をするためだけに旅に出るという贅沢を味わってみるのも、大人ならではの楽しみといえそうだ。
≪記事作成ライター:三浦靖史≫
フリーライター・編集者。プロゴルフツアー、高校野球などのスポーツをはじめ、医療・健康、歴史、観光、時事問題など、幅広いジャンルで取材・執筆活動を展開。好物はジャズ、ウクレレ、落語、自転車。
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