以前のレポートで、11月上旬に3つの要因が今後の米金融市場を予想するには見極めが必要であると説明しました。
つまり、1.米景気の先行き、2.次期FRB議長の人事、3.米税制改革法案の先行き不安、の見極めでした。
そんな中、次期FRB議長にパウエル現理事が決まり、米景気は引き続き好調に推移しているため、1の要因は容易に解決されそうです。しかし、金利が一向に上昇しないという「謎」があります。そこにどんな要因が考えられるか考察してみたいと思います。
米景気は確かに好調に推移しています。下記のグラフ(出所:米商務省)は過去5年間のGDP(国内総生産)の4半期毎の推移(年率)を示しています。ところどころにマイナスないし1%以内の低成長率もありますが、概ね2%以上の成長率を維持しています。
現在のGDPは3.3%で、正味(Real GDP)は3.1%となっています。そして今後も成長が期待されているのです。2008年に起きた不動産バブルを端に発したリーマンショックの景気の大きな落ち込みから完全に脱しているのではとの印象が強いです。
先週12月13日開催のFOMC(米連邦公開市場委員会)のFRB(米連邦準備理事会)の経済エコノミストの予測でも、今後の成長を予想していましたため、そのグラフ(出所:ウォール・ストリート・ジャーナル紙)を下記に掲載しました。
縦軸に各項目、横軸にそれぞれの年の予想を載せています。最初の項目がGDP(Change in real GDP)予想です。各年の左が9月時点での予測、そして右(緑部分)が今回12月予測です。それによると、2020年まで9月時点よりも強いGDP予測となっており、良い経済成長を維持できると予測していると言えます。
2番目の項目が失業率です。これを見ると2020年までは概ね4%前後となっています。4%の失業率は、ほとんど完全雇用の状態が続いていると一般には言われているもので、これ以上の改善はほとんど不可能と言えます。
金融市場では、非農業部門雇用者数、平均時給に注目が集まりがちです。そして次の2項目がインフレ指標です。PCEインフレ(*PCE inflation)とコアの数字が並べられています。これを見ると2017年PCEインフレ1.7%、2018年1.9%予測、そして2019年、2020年2.0%予測となっています。FRBのインフレ目標は2%です。その水準に2019年、2020年に達しているとの予測が出ていますが、希望的観測のように筆者には思えます。
そして筆者はインフレ目標が2%以上になることはないと予測していることが重要であると考えます。直近10月PCEコアインフレ1.4%と下記数字と見比べると低水準ですし、もう一つのインフレ指標直近10月消費者物価指数2.0%、コア1.8%となっています。
PCEと消費者物価指数共に2%近くの水準に位置しているものの、その伸びの勢いは弱いままと言えます。(*PCE:Personal Consumption Expenditures 個人消費支出)
景気が良いとはいえ、インフレ率の伸びが弱く、イエレン現FRB議長は、「謎」とか「ミステリー」という文言で表現している。筆者は経済エコノミストでないから、専門的な説明は出来ないものの、その一端を考えたいと思います。
1.インターネット社会への移行:GoogleやFacebookで商品情報を収集し、アマゾン等で物品を購入する世代が主流になりつつあります。そのために、従来の百貨店などが商品陳列の場提供(ショールーム化)となり、実質価格が安くなる傾向が出ているのではと思います。
2.中間マージンを省いた生産者と消費者が直結した物流形態になっていることが商品価格の上昇を防いでいるのではないかと思います。従来型の中間業者が排除されることになります。
3.原油、石炭、鉄鉱石など商品価格が著しく上昇しなくなったことも要因ではないかと思います。
結論として社会構造が徐々に変化していると言えます。インターネット世代が世の中の主要消費者となり、無駄なコストは払わないとの意識が徹底されていると言えます。余談ながら、このことは日本についても言えるのではないかと思います。
経済成長が続く環境下で、物価が一向に上向かない「謎」をパウエル次期FRB議長は引き継ぐことになります。パウエル氏はエコノミストではなくウォール街出身の弁護士ですので、金融界の動きには目敏いのです。そしてFRBメンバーである理事、そして各地区連銀総裁の意見に耳を聞くことになります。
そこで参考になるのが、下記掲載のドットチャート(出所:FRB)と呼ばれるFRBメンバーの政策金利予想です。これは16名のメンバーの今後の政策金利(フェッド・ファンド・レートFF Rate)の今後の予想を纏めた表です。現在FF Rateは先週予想通り引き上げられ1.50%です。これを見ると、2018年末には2.25%、2019年末には2.75%、そして2020年末には3.00%から3.25%になると予想しています。
そして3.00%が天井になるという予想となっています。(緑丸参照)0.25%毎にFRBは利上げすると考えると、来年は3回の利上げ、そして2019年は2回の利上げが考えられます。
そして筆者は従来3.50%水準に最終的には落ち着くと記述しましたが、それ以下の水準に収まるのではと、このドットチャートは言っているようです。3.00%が長期的にはFF Rateの最終着地点ではと考えましょう。物価が上昇しない「謎」に包まれて、それを詳細に解明できないと、金利の上昇は今後緩やかになるのではと筆者は思います。それを前提条件に今後の米株式市場、金利、そして為替は動いて行くのではと思います。
株式市場には緩やかに金利上昇すること、即ち急激な金利上昇の局面にはならないことから、経済成長と共に緩やかに上昇するのではと考えられます。為替の動きも、ドルの上昇は急激ではなく、ゆっくりと上昇するのではと結論できそうです。
現在FRB理事は空席が目立っているようです。そしてイエレンFRB議長の退任、ダドリーNY連銀総裁の夏頃の退任など、このドットチャートへの投票メンバーの変更が予想されます。タカ派、ハト派との主張がそれぞれのメンバーにはありますが、来年どのように変化して行くか見守りましょう。
最後に米税制改革法案について少し説明しましょう。共和党が上下両院で法案提出している内容は、法人税21%で決着する見通しであり、今週中にも法案成立、そしてトランプ大統領が署名して法案が正式に成立することになります。
法人税は35%から引き下げであり、10年間で6,538億ドル(約73兆円)減税となります。これにより、米国企業は海外での所得をドルに転換する動きが加速、すなわちドル買い需要と予想され、それはドル高要因と言えます。
また個人の減税は最高税率の引き下げ、概算控除を倍増、子育て世帯の減税拡充、遺産税を減税、オバマケアの一部廃止で、10年間で1兆1266億ドル(約126兆円)規模の減税となります。法人税と個人所得税の減税を合計すると約200兆円の大型減税と、こちらも今後、米経済成長率要因として意識されることになります。FRBの成長率予想には、この税制改革法案は加味されていないといいますので、どれほどの成長率引き上げ効果があるのか今後調べてみたいと思います。
«記事作成ライター:水谷文雄»
国際金融市場に精通するInvestment Banker。
スイス銀行(現UBS銀行)にて20年余に亘り外国為替および金利・債券市場部門で活躍、
外銀を知り尽くす国際金融のプロフェショナル。新興の外国銀行(中国信託商業銀行 )の
東京支店開設準備に参画しディーリング・ルームの開設を手掛ける。
プライベートではスペインとの関わりを深く持つ文化人でもあり、
スペインと日本との文化・経済交流を夢見るロマンティスト。
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