ものやサービスの値段は時代によって変わるものです。
「高い」「安い」の基準になっている貨幣の価値も時代によって大きく変わります。
さまざまな分野のものやサービスの「お値段」を比較してみましょう。
家族の多い家庭では洗濯物があっという間にたまるため、洗濯機もフル稼働ですが、夏は干したものがすぐに乾くので助かりますね。
今は洗いからすすぎ、脱水、さらには乾燥まで、全自動式洗濯機で完了させてしまっている家庭も多くなっていますが、昔はタライと洗濯板を使ってゴシゴシ手洗いするしかありませんでした。
大家族が多かった時代だけに、昔の洗濯は家事の中でも大変な労働でした。今回は、電気洗濯機のお値段の変遷を見てみましょう。
国産の電気洗濯機が発売され始めたのは、太平洋戦争後のこと。つまり、日本人がタライと洗濯板から解放されてまだ70年程度しかたっていないことになります。
終戦直後、アメリカのGEエレクトリック社の電気洗濯機をまねて日立製作所が電気洗濯機の開発に着手し、試作品が完成したのが昭和22(1947)年のことでした。ところが、衣類の布が内部の回転翼に巻き込まれてしまうトラブルが発生し、あえなく失敗に終わります。
試作を重ねた後に、ようやく国産の電気洗濯機「SM-A1」が誕生したのは、昭和27(1952)年のこと。当時は脱水槽などなく、洗濯機の外側に電動のローラー式の絞り機がついていて、そこに衣類を挟んで脱水していました。この頃には、ほかのメーカーでも電気洗濯機の開発に成功していましたが、本格的に市場に認知されるようになったのは、朝鮮戦争が終わってからのことです。
洗濯機 ── 機能とお値段の変遷
この「SM-A1」のお値段は5万3900円。当時の高卒初任給が8000円で、大卒でも1万9000円程度の時代です。
いつものようにかけそばの値段を基準にしてかんたんに計算してみると、電気洗濯機のお値段はすくなくとも50万円以上〜95万円ほどになります。これほどの高値ゆえ、洗濯機を自ら開発した技術者ですら、買うことができなかったという話も今に伝わっています。当時は、まだまだ高嶺の花でしたが、洗濯が重労働であったことから大変な人気を集めました。
その後、技術革新と量産化によってたちまちお値段は下がり、一般家庭に普及していきます。そのため、昭和28(1953)年は「家庭電化元年」とも言われたほどです。
給与水準などとも関係していますから単純な比較はできませんが、以下、技術革新による機能の向上とお値段の変化をざっと列記してみましょう。新しい機能がついた機種は当然のことその時代でも高いお値段がつくのですが、ここでは普及品のお値段を上げておきます。どんな商品でもその傾向がありますが、いったん広く普及すると、次々に開発される新しい機能が加えられて、逆に値段が上がっていくこともあります。
■〈昭和31(1956)年〉2万3400円/給水と排水が同時可能に
■〈昭和32(1957)年〉2万1800円/洗濯機の普及率が10%を超える
テレビ・冷蔵庫とともに「三種の神器」と呼ばれる
■〈昭和34(1959)年〉2万6500円/風呂の残り湯を吸い上げる給水ポンプつき
■〈昭和36(1961)年〉2万3500円/日本初の全自動2槽式洗濯機発売
■〈昭和48(1973)年〉3万1000円/アメリカへの輸出本格化
■〈昭和52(1977)年〉3万2800円/マイコン搭載で水流などを制御
■〈平成2(1990)年〉8万5000円/ステンレス槽が主流に
■〈平成6(1994)年〉5万5000円/風呂の残り湯を自給式ポンプで給水 ……
現在では全自動で縦型ドラム式で洗濯~脱水~乾燥までができ、スマホなどから操作できる高級機種もありますね。このクラスだと現在20万円以上、一人暮らし用のシンプルな機種だと数万円からあるようです。
ルームエアコンと扇風機
ルームクーラー(エアコン)もなくてはならない家電のひとつですが、昨今は「熱中症の予防のためにはクーラーの使用をためらわずに」という注意がテレビでアナウンスされることもしばしばです。
クーラーは20世紀初頭のアメリカに発明されましたが、国産の業務用ルームクーラーが開発されたのは昭和29(1954)年のこと。家庭用の発売は昭和34(1959)年になってからです。昭和41(1966)年に発売された機種のお値段は10万8000円でした。大卒初任給の約4倍です。
当初は冷房機能のみのものが主流でした。洗濯機ほど大きく低価格化しない傾向があったようですが、現在では冷暖房機能つきのものでも10万円を切るようになっています。
ちなみに扇風機の歴史は長く、明治27(1894)年に国内メーカーによって発売されています。ただ、高価なものであったため、一般家庭に普及するのは大正時代になってから。具体的なお値段の記録は残っていないようなのですが、高価格であったため、当初はレンタル扇風機なども利用されていたといいます。
そののち、羽根の音の静音化、タイマーやリモコンでの操作、マイコン制御による風量調節などの技術革新が行われてきました。この頃は、手元に小さな扇風機をもっている姿を見かけますね。現在でもクーラーが苦手で、もっぱら扇風機のほうがいいという人もたくさんいます。
いずれにしろ家電は、技術開発と普及度がお値段を大きく左右します。
今年4月、全自動洗濯物たたみ機の先行予約を仮価格185万円で受け付けていた会社が 「資金繰りの悪化で営業の見通しが立たなくなった」として、破産手続き開始の申し立てを行ったことが話題になりました。全自動洗濯物たたみ機が市場に出まわらないことは残念ですが、私たちが普段の家事の中で、煩わしいと感じている部分は、今後さまざまな経緯をたどりながら進化することは間違いないでしょう。
その証に、昭和30年代までの洗濯機の主流が「ローラー式の手絞り機」がついたタイプだったことを考えると、今後、想像もできないような洗濯機の進化が待っているかもしれませんね。
≪記事作成ライター:帰路游可比古[きろ・ゆかひこ]≫
福岡県生まれ。フリーランス編集者・ライター。専門は文字文化だが、現代美術や音楽にも関心が強い。30年ぶりにピアノの稽古を始めた。生きているうちにバッハの「シンフォニア」を弾けるようになりたい。
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