少し前まで1か月いくらの定額制といえば、雑誌の定期購読や会員制のスポーツクラブぐらいのものだった。
しかし時代は変わって、いまやなんでも定額制。その形態が大流行している。
携帯電話の通信料などをはじめ、パソコンやスマホを通しての音楽配信や映画見放題などが一般化。毎月の会費さえ払えば、同じサービスをいくらでも受けられる時代になったわけだが、この一定期間料金を払ってサービスを受けることを、「サブスクリプション」という。
このシステムが、いよいよ飲食店のサービスにもおよんできはじめた。その実態と、メリット、デメリットについて、今回は考察しよう。
コーヒーからステーキまで。定額制が大流行
飲食店にまでおよんだサブスクリプションの流行。そのきっかけをつくったのがラーメンだ。
「野郎ラーメン」
東京を中心に関東一円で16店舗を展開する「野郎ラーメン」が、月額8600円のパスポートをあらかじめ購入してもらえば、お店のウリの定番メニューから1日1品、毎日食べ放題にすると発表した。
例えば人気商品の「味噌野郎」の値段は880円。これを31日間食べ続ければ、その総額は2万7280円になる。しかし、定額制のパスポートを利用すれば、3分の1の出費で済むというわけだ。残念ながら食べ盛り、働き盛りの18~38歳までの年齢制限つきのサービスなのだが、このサブスクリプションは周囲に大きな衝撃を与え、ラーメンだけではなくコーヒーなどの手軽な飲み物から、フランス料理にまで幅広い飲食店で採用されるようになった。
「coffee mafia」
東京西新宿のcoffee mafiaは、月額2000円で会員になると、1か月間何杯でもコーヒーが飲める。朝の出勤前に1杯、お昼休みに1杯など、その都度お金を払わずに飲み放題。おいしくてお得なサービスということで、急速に会員を増やしている。
表を見ていただけるとわかるが、サブスクリプションの飲食店は、居酒屋やステーキハウスなど、あらゆるジャンルに広がっている。飲食は値段のバラツキが大きく、またその日の気分によって食べたいものが変わるのが普通なので、サブスクリプションには不向きと考えられていたのだが、そうした疑問は完全に払しょくされた形になった。
飲食店サイドのメリットとデメリット
「野郎ラーメン」や「coffee mafia」の例を見ると、飲食店はこれでやっていけるのだろかと、心配になるほどユーザーにメリットがあるように見える。会費を払った利用客の多くは、もとをとろうと、支払った額を超えるように来店回数を増やしていくだろう。
しかし、飲食店側にも勝算はあっての定額制だ。まず一番のメリットは、売り上げが前倒しになること。まだつくってもいない料理、提供もしていないサービスの料金が事前に入ってくる。それは、資金の運用に融通が利かせることになる。たとえば食材の購入費や家賃、場合によっては人件費などに、先にまわせる可能性がある。また、月の初めに売り上げのめどがある程度見込めるため、無駄な材料の仕入れなどを省き、適正在庫を確保しやすくなる。
さらに、多くの飲食店では、決まったメニューのみを定額制にしているため、その周辺の商品の売り上げがアップする可能性がある。具体的にいえば、ラーメンが定額制なら、客はギョーザも注文したくなるはず。コーヒーが飲み放題なら、勢いでケーキを注文する客が出てくる。そうした波及効果は思ったより大きく、結果として売り上げが伸びた飲食店も続出している。
価格の設定が肝となるサブスクリプション・システム
加えて、すぐには目に見えにくいが、メリットとして大きいのは、客の基本データを把握できることだ。定額制の多くは会員制を敷いているため、性別や年齢はもちろん、住所や趣味嗜好なども把握できる可能性が高い。それはやがて店にとっての新商品の開発や店舗スタイルの改革などにつなげることができる。
ただし、このサブスクリプションのシステム。飲食店サイドがもっとも気をつけなければならないのが、適正な価格の設定だ。
価格設定を誤ると、すべての努力は水の泡となる。まず、設定が高いという印象をもたれた場合、会員の数は増えず、定額制をうたっても絵に描いた餅で、売り上げアップにつながらない。
もっと注意しなければならないのは、低すぎる価格設定だ。客の会員数を増やすために、定額商品に関しての売り上げを赤字に設定するのは戦略上ありえるが、周辺の商品と併せての相乗効果をしっかりと見極めて価格を設定しないと、とんでもない赤字となる。会員が増えれば増えるほど、赤字は大きくなる。また、いったん周知した会員価格を変更するのは、会員を減らすきっかけになりかねないので、最初の設定がとても大切だ。
お店にとって、サブスクリプションでもっとも大事なのは、価格の設定なのである。
定額制の会員になる客のメリットとデメリット
飲食店ではサブスクリプションは根づかないだろうと思われていたのに、これほどのブームになったのは、日本人の食事に対する考え方が変わってきたからかもしれない。
以前なら、ラーメンを食べたら1週間はもういらない。ほかのものを食べたい、というのが普通の感覚だった。しかし、今は違う。一度ファンになったら、徹底的に食べる。加えて、価格設定にリーズナブルな印象が持てれば、もう際限なく通う、そんな食事への新しい嗜好が拡がっているのだろう。
そのお店のファンであり、そこのメニューに魅力を感じるなら、定額制はお客にとって大きなメリットとなる。通って、通って、使い倒すのがいい。
逆にいえば、サブスクリプションに共通するが、前金で払っているのだから、使わなければ意味がない。このシステムを利用するときに最も注意すべきは、本当にこの店に魅力があるのか、本当に通うのか、前払いでお金を渡す価値があるのか、そこを見極めることが一番大事ということになる。
また、前金で会費を支払ったあとに、お店が閉店となるケースもある。その場合には、お金は戻ってこないと考えた方がいいだろう。そうした見極めが必要だ。
── 今、飲食店でのサブスクリプションは急速に広がっている。これから、オフィス街のランチ、カフェのチェーン店、ファストフード店、さらには、ファミレスなどでも取り入れられる可能性がでてきているという。日本人にとっての新しい外食のスタイルが生まれつつある。大いに利用したいものだ。
≪記事作成ライター:小松一彦≫
東京在住。長年出版社で雑誌、書籍の編集・原稿執筆を手掛け、昨春退職。現在はフリーとして、さまざまなジャンルの出版プロでユースを手掛けている。
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