いま、首都圏を中心に「高級食パン専門店」が次々とオープンしている。
素材や製法にこだわった食パンだけを売る業態で、全国展開する関西の人気店に続き、東京・神奈川の気鋭店も続々と参入。従来の食パンにはない風味と食感が消費者を魅了し、1斤400円以上という高価格にもかかわらず、飛ぶように売れているという。店の前には開店前から長蛇の列ができ、数日前に予約しないと購入できない店もあるそうだ。
そこで今回は、ジワジワと広がる高級食パンブームとともに、年々ヒートアップする市場競争の背景にフォーカスする。
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食パンだけで年商100億円に達した人気店「乃が美」
関西発の高級食パンブームに乗って、2018年の日経MJヒット番付にランクインした1000円食パン。その先駆者として知られているのが、大阪市に総本店を構える「乃が美」だ。
乃が美は2013年10月、大阪・上本町にオープンし、関西エリアを中心に出店を拡大。販売するパンは、焼かずに食べられる「生」食パン1種類のみ。価格は1本(2斤分)864円(税込・以下同様)と通常の食パンの2倍以上するが、味と品質へのこだわりが口コミで評判となり、現在は首都圏を含めた全国各地に110店以上の店舗を展開。こうした究極の単品販売で1日2万本以上を完売し、2018年には年商100億円に達した。
なぜ1種類の食パンしか売らないのか?
もともと外食店を経営していた乃が美の阪上雄司社長は、景気に左右されない食ビジネスを模索する中で、「赤福」などの老舗が生き残った理由を考えたという。その結論は、ひとつの商品に特化すること。会社の代名詞になるような唯一無二・日本一の商品があれば、流行や世情を超えて支持されると考えたのだ。
そんな折、阪上氏は慰問した老人ホームでお年寄りが食パンの耳を残しているのを見て、あることに気づく。「大手メーカーの食パンはいろいろあるが、耳の美味しいパンはない」── そこで、食パンに特化したビジネスを思いつき、粉の種類や原料の配合、焼く温度や時間などを変えて2年以上研究を重ね、ついに耳まで美味しい「生」食パンを完成させたのである。
こうして生まれた乃が美の食パンは、ほんのりとした甘みがあって、耳までしっとりモチモチで柔らかく、手でちぎってそのまま食べられるのが特徴だ。オープン当初、値段にシビアな大阪人から「高すぎる」と批判されたというが、それが次第に「安いね」に変わり、今では「食パンはこれしか食べない」という根強いファンも。自宅用だけでなく、手土産などのギフトとしても人気があるという。
全国的なチェーン展開を目指す「銀座に志かわ」
同じく、乃が美のような単品販売ビジネスで、高級食パン専門店の全国展開を目指しているのが「銀座に志かわ」(東京都中央区)だ。銀座に志かわは2018年9月、東京・銀座1丁目に本店をオープン。水にこだわる高級食パン1種類のみを、1本(2斤分)864円で販売している。PH値の高いアルカリイオン水をパンの仕込みに使用することで、絹のようにしっとりとした耳と、淡雪のような口どけを実現したという。
銀座に志かわは3年間で全国に100店を出店する計画を進めており、その2号店として2019年1月に「船場本町店」(大阪市)をオープンさせた。食パン激戦区といわれる関西にあえて挑み、本場で地歩を固めて全国展開の足がかりにしていく狙いだ。乃が美とも真っ向対決となる関西で、銀座に志かわがどこまで市場に切り込んでいくのか、今後の高級食パン競争の行方に注目が集まっている。
名前は奇妙だが、味は本格派の「考えた人すごいわ」
一方で、個人オーナーの小規模店ながら、他にはないアプローチで大ブレイクした気鋭店もある。
2018年6月、東京都清瀬市にオープンした高級食パン専門店「考えた人すごいわ」。なんとも奇妙な店名と、食パンの域を超えた至高の味わいがテレビやネットで話題となり、たちまち行列のできる人気店となった。続く11月には、横浜市港北区に待望の2号店がオープン。ふんわり口どけのよい生食用の「魂仕込(こんじこみ)」1本(2斤分)864円と、フルーティーなマスカットレーズンをブレンドした「宝石箱」1本(2斤分)1058円の2種類のみを製造・販売している。
同店をプロデュースした岸本拓也氏は、横浜市で自身のベーカリーを経営するかたわら、パン店開業を目指すオーナーを支援する「ジャパン・ベーカリー・マーケティング」の代表を務め、「行列のできるパン店の仕掛け人」としても知られている。
そんな岸本氏が、「考えた人すごいわ」のパンを開発する際にこだわったのは、生地の「風味(甘み)」と「食感(口どけ)」。そして、原料の配合を変えながら何度も試作を重ねる中で、その2つのバランスが完璧な形でシンクロした瞬間、思わず出てきた言葉が「考えた人すごいわ」。理想のパンが完成した感動のひと言を、そのまま店名にしたというわけだ。
美味しさを超えた「体験」や「付加価値」を売る
岸本氏は「考えた人すごいわ」のほかにも、「午後の食パン、これ半端ないって!」(神奈川県相模原市)、「うん間違いないっ!」(東京都中野市)という、これまた風変わりな名前の食パン専門店を次々とプロデュース。オーナーや商品の特徴はそれぞれ違うが、いずれも岸本氏によるインパクトのあるネーミングと、本格的な食パンの味わいのギャップに魅了され、遠方から訪れる客やリピーターが続出しているという。
もちろん、奇抜な名前をつければいいというものではなく、「いい意味での『ギャップ=裏切り』がなければ繁盛店は作れない」と岸本氏。氏自身、東日本大震災の被災地でパン店開業プロジェクトに携わり、パンを買いに来る人も店の人も楽しくなるサプライズを仕掛けたことで、みんなの笑顔や元気が地域に広がっていくのを実感したという。そうした経験からも、美味しさを超えた「体験」や「付加価値」を売っていくことで、パンの可能性を地域から発信していきたいと話す。
日常食の中に可能性を見いだし、新たな商機につなげる
以上、いま話題の高級食パン専門店を紹介しながら、新たなトレンドやブームを創出する市場背景について見てきた。
日本人のパンの消費額が米を抜き去った近年、大手パンメーカーも品質を追求した商品づくりを進めているが、消費者のこだわりは大手だけでは対応しきれない。そこを突いて、専門店の高級食パンが消費者の「プチ贅沢志向」を満たし、ギフトにも使える新たな市場や希少価値を生み出したように、日常の身近なモノ・コトの中にも大きな商機が転がっているのだ。そうした意味で、乃が美をはじめとする専門店は、日本人の「日常食」を「嗜好品」へと変え、食パンがもつ可能性とビジネスチャンスを大きく広げたといってもいいだろう。
こうして、新規参入や出店が加速する高級食パン市場は、今後ますます競争が激化していくと予想される。ただ、現時点での首都圏のマーケットは、関西と比べるとまだまだ「空き状態」といってもいい。その隙を狙って、各店がどこまで出店を拡大し、新たな市場展開を見せてくれるのか……。パンマニアの筆者としても、大きな期待をもって注目していきたい。
※参考資料・サイト/乃が美、銀座に志かわ、ジャパン・ベーカリー・マーケティング、日本経済新聞
≪記事作成ライター:菱沼真理奈≫
20年以上にわたり、企業・商品広告のコピーや、女性誌・ビジネス誌・各種サイトなどの記事を執筆。長年の取材・ライティング経験から、金融・教育・社会経済・医療介護・グルメ・カルチャー・ファッション関連まで、幅広くオールマイティに対応。 好きな言葉は「ありがとう」。
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