歴史や価値とともに変化する「お値段」⑯ ─ 食パンと牛乳のお値段


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ものやサービスの値段は時代によって変わるものです。「高い」「安い」の基準になっている貨幣の価値も時代によって大きく変わります。
さまざまな分野のものやサービスの「お値段」を比較してみましょう。

歴史や価値とともに変化する「お値段」⑪ ── 外食のお値段
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑫ ── 鉛筆など文房具のお値段
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑬ ── ランドセルのお値段
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑭ ── ピアノのお値段
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑮ ── そばとラーメンのお値段

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パンのお値段の変遷

今、みなさんは朝食になにを食べているでしょうか? 日本人の食生活は数十年前と比べて大きく変化しました。従来は朝食にご飯を食べるのが普通でしたが、現在ではパン、シリアル、めん類など、いろいろな選択肢があり、栄養ドリンクやお菓子類ですませる人もいるでしょうし、そもそも朝は食べない、という人も少なくないと思われます。
近代以降の日本人の食生活を大きく変えることになったきっかけを作ったのが、「パン」でした。
今回はパンのお値段の変遷を見てみましょう。

パンが初めて日本に入ってきたのは、16世紀のこと、ポルトガル人が鉄砲をもたらしたのと同時期とされています。長崎ではオランダ商人がもたらしたパンは、キリシタンの信仰との関係で製造禁止になることもありました。近代以降には、パンは明治政府の海軍・陸軍にも採用され、一般にも普及するきっかけを作り、明治7(1874)年には東京・芝の木村屋が売り出したあんぱんが宮内省御用達となり、人気を呼びました。
第二次世界大戦後には、GHQ放出の小麦粉を原料としたコッペパンは学校給食を通じて日本全国にまで広められました。パン食は主食として日本にすっかり普及しました。

日本人に主食として定着した「食パン」

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日本人にとってパンといえばもっともなじみがあるのは、箱型のいわゆる「食パン」でしょう。
昭和5(1930)年の食パン一斤(450g)の価格は37銭。明治元(1868)年のかけそば一杯の値段は8厘(りん)程度、食パン一斤はかけそばの5倍程度したことになります。まだまだ高級品だったということでしょう。

この後、戦後すぐには1円20銭、昭和45年には50円程度の値段であったという記録があります。次第に朝食はトーストした食パンにコーヒーか牛乳、という習慣が普及していったのです。
ちなみに明治初年のあんぱんの値段は記録がないようですが、戦後には一個10円程度でした。現在木村屋のあんぱんは物価の上昇もあって180円ほどします。
朝鮮戦争、オイルショックなどの際に小麦粉の価格が上昇し、食パンが大きく値上がりしたこともありましたが、物価安定政策などで食パンは比較的安定した価格が続いており、現在ではかなり割安の食品ということになるでしょう。

現在、大手メーカーの食パンはコンビニなどで200~300円程度だと思われます。高級食パンと呼ばれるものの中には一斤500円以上するものもあるようですが、高級食パンブームが起きている昨今、銀座の有名店では1日に1000本が売れるそう。そして興味深いことに、全国的に見るとパンは関西のほうが消費量が多いようです。

「食パン」「その他のパン」の違いとは?

ただし、どちらかというと、食パンは以前のように食べられなくなっているかもしれません。サンドイッチやフランスパンなどのほうを口にすることが増えているのではないでしょうか。

総務庁の「家計調査報告」では、パンは「食パン」と「その他のパン」に分類されています。「その他のパン」はフランスパン、クロワッサン、サンドイッチ、惣菜パンなどのこと。この分類からも以前は「食パン」が日本人にとっての代表的な「パン」だったことがわかります。現在では「その他のパン」がパン食の7割を超えています。
日本初のスーパーとして開店した紀ノ国屋(紀ノ國屋)は、アメリカ人客の「(日本の食パンではなく)欧米並みの本物のパンも扱ってほしい」という声に応え、1956年に日本で初めて店内にパン窯(がま)を設置して販売を始めています。パン食も変化していることがわかりますね。

食パンのお供である「牛乳」のお値段は?

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そして、パン食のお供といえば、牛乳でしょう。
牛乳は江戸時代以前から日本に入ってきていましたが、普及するのは、明治期に北海道開拓が始まってからになります。

東京で牛乳が家庭に配達されるようになったのは明治14(1881)年から。
このときのお値段は一合(180mL)3銭。3銭は、かけそばの3倍程度の値段に匹敵します。高級品だったのですね。
大正時代になってからは、国民の栄養状態の改善の目的もあって、政府が牛乳の振興策を取るなどして、広く全国に普及しました。

ところが、昭和時代になってからは消費量が落ち、太平洋戦争中には、配給もされませんでした。戦後には食生活の多様化なども追い風になって牛乳・乳製品の消費量は急増。昭和29(1951)年の牛乳一合のお値段は13~14円。この年にかけそば一杯が25円でしたから、現在の金銭感覚であれば、100円程度でしょうか。ずいぶん安くなったことがわかります。

── 現在では、日本人の牛乳の年間消費量はヨーロッパ諸国の3分の1から4分の1ほど。少子化などの影響もあって、1994年をピークに牛乳の消費量は減少傾向が続いています。
私たちにとって最も身近な食べ物である「食パン」と「牛乳」ですが、お値段の変化を見ていくことによって、日本人の生活様式の変化も垣間見えてきます。1斤100円程度のスーパーの廉価品も美味しいですが、1斤500円以上する食パンが飛ぶように売れている昨今、食パンにも流行りの?格差が生じているのかもしれませんね。

≪記事作成ライター:帰路游可比古[きろ・ゆかひこ]≫ 
福岡県生まれ。フリーランス編集者・ライター。専門は文字文化だが、現代美術や音楽にも関心が強い。30年ぶりにピアノの稽古を始めた。生きているうちにバッハの「シンフォニア」を弾けるようになりたい。

図版メイン・サブ
朝食に欠かせない食パンのトーストとミルク


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