金融庁が発表した“人生100年時代に向けた資産寿命の指針”について、議論が沸騰しています。
公的年金を老後の収入の柱とする一方で、若いころからの資産形成など「自助」を勧める内容ですが、年金という「公助」の限界が十分説明されないまま、老後の蓄えとして「2000万円必要」と打ち出した政府の姿勢に、「寝耳に水」と、不満や怒りが爆発した形です。
安倍晋三首相が年金は「100年安心」と述べたのは、年金制度としての持続性であり、年金制度が破たんしないという意味に過ぎません。年金だけでは毎月の赤字額が約5万円、30年分にすると不足するのは約2000万円であり、この数字自体は決して目新しいものではないのです。
金融庁の本意は、今後、公的年金の給付水準が低下していくことが見込まれるなか、不足を補うための投資を促すものです。本稿ではこれを踏まえ、資産形成と資産寿命の核心に迫ります。
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「寿命」あれこれ。日本の平均寿命は過去最高に
直近の数字を示した2018年に厚生労働省公表の「簡易生命表」によると、わが国の『平均寿命』は男性81.09歳、女性87.26歳と、男女ともに過去最高となりました。
ある海外の研究では、2007年に生まれた子どもの半数が107歳より長く生きると推計されており、日本は世界一の長寿国となりつつあります。ただ、この数字には、病気で入院している人や介護が必要で施設に入っている人なども含まれているのが実状です。
それに対して、日常生活を健康体で自由に外出して過ごせる場合の寿命を『健康寿命』と言います。
平成28(2016)年までの推移を示した厚生労働省の「簡易生命表」を見てみましょう。
『平均寿命』(ブルーの折れ線)と、『健康寿命』(赤い折れ線)からわかるとおり、男女ともに延びているのですが、2016年の男性の『平均寿命』は80.98歳で、『健康寿命』は72.14歳。『平均寿命』と『健康寿命』の差が8年ほどあることになります。
同様に2016年の女性の『平均寿命』は87.14歳で、『健康寿命』は74.79歳。『平均寿命』と『健康寿命』の差が12年ほどあることがわかります。
平均寿命、健康寿命、職業寿命。寿命にはいくつも種類がある
ここ数年「ピンピンコロリ」「ピンコロ往生」「ぽっくり死」といった言葉をよく耳にするようになりました。これらのキーワードが指し示す意味は、病気による寝たきり状態や長期の認知症によって家族や周囲に迷惑をかけることなく、元気(ピンピン)な状態で人生を全う(コロリ)することを意味します。
つまり、『平均寿命』が長くとも、『健康寿命』が短ければ、それだけ「健康ではない期間」が長いことになります。こうした点からも、健康なときに豊かな老後を過ごせるよう、若いころからの資産形成など「自助」が求められることになり、あわせて『健康寿命』を延ばすためにも、生活習慣病の予防、健康診断の実施など、健康への幅広い投資が必須だといえるでしょう。
そして、今後も長くなるであろう人生の高齢期を豊かに過ごすためには、生活を支えるための「収入」が不可欠であり、さらに必要とされるのが「生きがい」です。
そこで考えるべきは『職業寿命』を延ばすことになります。『職業寿命』とは文字通り、現役で働き続けられる期間を指します。
2013年4月1日に施行された改正「高年齢者雇用安定法」では、従業員に厚生年金の支給開始年齢の65歳まで雇用機会を確保することを義務付けています。しかし、団塊の世代が後期高齢者となる2025年までには、少なくとも70歳まで働き続けることを前提に、雇用制度や年金制度を変える必要があります。
「人生100年時代」を迎えるにあたって、いつまでも健康で働き収入を得て、豊かな人生を送ることができる……生涯現役の社会がつくられるべきであり、私たちもそれに向けてできることをするべき時代ではないでしょうか。
昨今、注目が高まるキーワード「資産寿命」とは?
ここまで『平均寿命』、『健康寿命』、『職業寿命』の3つのキーワードをご紹介してきましたが、高齢者にとって最も大切なのは健康であることは言うまでもありません。しかし、老後の生活の質を高めるうえで、お金が重要であることもまた自明の理です。
そして、次に登場するキーワードは『資産寿命』です。
『資産寿命』とは、支出が収入を超えたときに、預貯金などの金融資産から不足分を補てんし、保有している資産が尽きるまでの期間のこと。
わが国の金融資産はその総額の約6割を60歳以上の人が保有しているといわれていますが、この金融資産を上手に運用して収益を得ることができれば、それだけ『資産寿命』が延びることになります。
『平均寿命』が延びて長寿化が進めば、当然、将来的に必要なお金が多くなることを意味します。必要なお金が多ければ、それだけ生活水準の高い老後を送れることになりますが、豊かな老後を過ごせるかどうかは、自らの『資産寿命』を計画的にいかに延ばしていくかにかかっている、といっても過言ではないでしょう。
ところが、資産運用について見てみると、日本は保有資産のうち預貯金が多くの割合を占めているのが特徴です。日本人の投資などに対するリスキーなイメージが影響しているためだと思われ、銀行などの金融機関に預けているだけではなく、いわゆる「タンス預金」が占める割合も多いと見られています。高齢者を狙った詐欺が後を絶たないのは、自宅に資産をもつ傾向が強い日本ならではの背景があるのかもしれません。
一方、アメリカではかねてより資産運用が盛んです。株式や投資信託などで運用している率は保有資産の半分程度といわれるほどです。預貯金の利率が増える要素のない昨今、アメリカのように資産を積極的に運用する姿勢をもつことが、『資産寿命』を延ばすポイントともいえるでしょう。
一般的には、退職金を原資として退職後にはじめて資産運用をする人が多いのですが、金融庁の指針では若いうちから少しずつ資産形成に取り組むことを勧めています。
資産形成における、世代別の心構え
金融庁の指針では、資産寿命を延ばす観点から人生のステージに応じて世代別に国民が知っておくことが望ましい「心構え」が整理されています。
【1.現役期】(主に20歳~就業中)
長寿化に対応し、将来に向けて少額からでも長期・積立・分散投資による資産形成に取組み、長期的に取り引きできる金融サービス提供者やアドバイザー等を見つける時期。
【2.リタイア期前後】(主に50歳~65歳くらい)
金融資産目減りの抑制や計画的な資産の取り崩しに向けて行動し、人によっては退職金を踏まえたライフプランやマネープランを再検討し、必要に応じて収支の改善策を実行する時期。
【3.高齢期】(主に65歳以降)
心身の衰えを見すえて、医療費、老人ホーム入居費などマネープランを見直すとともに、認知・判断能力の低下に備えて今後の財産管理について考える時期。
いずれも、生涯にわたる長期の資産形成・管理が重要だということは、誰もが理解できるのではないでしょうか。
── 今指針では、これから年金の給付水準が低下する見込みに触れ、「高齢になっても働く」、「支出を見直す」に加え『資産形成』という自助努力を促しています。
次回は、資産運用の面で国が税制優遇制度を設けているiDeCo(イデコ)、つみたてNISAなど、少額からでも始められる具体的な資産形成について考察します。
参考URL:
金融審議会報告書:金融庁ホームページ https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20190603.html
平均寿命:厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life17/index.html
≪記事作成ライター:山本義彦≫
東京在住。航空会社を定年退職後、介護福祉士の資格を取得。現在は社会福祉法人にて障がい者支援の仕事に携わる。28年に及ぶクラシック音楽の評論活動に加え、近年は社会問題に関する執筆も行う。
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