今年(2019年)10月からの消費増税とともに始まった「キャッシュレス・ポイント還元制度(キャッシュレス・消費者還元事業)」を受け、現金を使わないキャッシュレス決済の利用率が大きく伸びているようだ。
なかでも、スマートフォンを使うQRコード決済「PayPay(ペイペイ)」が、決済回数と登録ユーザー数を一気に伸ばしており、他社のQRコード決済や電子マネー系のサービスに攻勢をかけている。
ご承知の通り、政府による今回の還元制度は、消費者が対象店舗でクレジットカードやデビットカード、QRコード決済、電子マネーなどを使用して買い物や飲食をした場合、2020年6月までの期間限定でポイントが還元(2%または5%)されるというもの。
もちろん、現金で支払うと還元の恩恵にあずかれない(=損する?)ため、これを機にキャッシュレス決済に切り替えた人も多いだろう。
キャッシュレス化を推進する政府の還元事業は、キャッシュレスサービスを手がける事業者にとっても追い風となるが、その一方で、ユーザー獲得を狙う大胆な還元キャンペーン競争も激化。各社のサービスが乱立するキャッシュレス決済市場は、ますます混沌(こんとん)とした様相を呈してきている。
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政府の還元策と独自のキャンペーンで急伸する「PayPay」
QRコード決済サービスPayPayに出資する「Zホールディングス(旧Yahoo!)」の川辺健太郎社長は、今年11月1日の記者会見で、PayPayの決済回数と登録ユーザーが大幅に増えていることを明らかにした。
同社の発表によると、PayPayの決済回数は今年1~3月に2160万回、7~9月にはその4倍の9612万回、10月には1ヵ月間だけで約8500万回と急増。登録ユーザー数も今年8月に1000万人を突破し、10月末には約1900万人に達したという。
消費増税に合わせたポイント還元制度でキャッシュレス決済への関心が高まり、増税前の駆け込み消費の影響もあったと見られる。
また、PayPayは政府の還元制度(5%還元の中小店舗)の利用者に対し、独自で5%の還元を上積みするほか、自社のネット通販サイト「PayPayモール」でも、支払額の最大2割を還元するキャンペーンを展開。政府の還元策と自社キャンペーンの相乗効果で、ユーザーを一気に取り込む戦略が功を奏したようだ。
これに対抗して、「LINE Pay」「楽天ペイ」「d払い」などのQRコード決済事業者も、消費増税に合わせた還元キャンペーンを次々と打ち出し、さらなるユーザーの獲得と囲い込みを図っている。
QRコード決済の拡大に押されて電子マネーの伸びが鈍化
スマホを使うQRコード決済は、専用の読み取り機器がなくても利用できるため、個人経営や中小の店舗でも導入しやすく、身近な決済手段として急速に存在感を高めている。とくに今年に入ってからは、消費増税後の還元制度を見込んでQRコード決済を導入する店舗が一気に増え、スーパーやコンビニの店頭でも利用する人を多く見かけるようになった。
一方、社会的にQRコード決済の利用が広まったことで、これまで順調に成長してきた電子マネー(交通系ICカードなど)は苦戦を強いられているようだ。
日銀の決済動向調査によると、今年7月の電子マネーの決済件数は、統計を取り始めた2007年以来、初めて前年を下回る結果となった。還元制度が始まった10月以降は、やや持ち直しているものの、2ケタの伸び率が続いた数年前に比べると成長は鈍化しているという。
こうした状況を受け、電子マネー決済のサービスを手がける各社も、キャンペーンなどの還元策を充実させて巻き返しを狙っている。
JR東日本の「Suica(スイカ)」は今年10月から、エキナカ店舗で2%の還元を上積みするキャンペーンや、鉄道利用でポイントが貯まる新サービスを開始。イオンの「WAON(ワオン)」も今年7月から、商品購入に伴うポイントの還元率を従来の2倍(1%⇒2%)に引き上げている。
市場シェアを握るクレジットカード業界は微妙な立ち位置に
消費増税をにらんだ還元キャンペーンは、キャッシュレス決済市場で8割以上のシェアを占めるクレジットカード業界にも広まっている。
大手クレジット会社のアメリカンエキスプレスとJCBでは、増税前後にカード決済額の20%を還元するキャンペーンを展開。このタイミングを狙って、2大ブランドの両社が強気なキャンペーンを打ち出した背景には、虎視眈々とシェア拡大を狙うQRコード決済事業者への警戒感もあるだろう。
市場調査会社の富士キメラ総研が今年9月に公表した調査データによると、2019年のクレジットカード決済額(見込みを含む)は、前年比15.0%増の76兆円と大幅に拡大。これは、増税後の還元制度の影響に加え、ネットショッピングやQRコード決済の普及によって、最終決済手段(支払先・チャージ先)として登録されたクレジットカードの利用が増加しているためと思われる。
そうした側面から見れば、QRコード決済のシェア拡大は、クレジットカード会社にとって歓迎すべきことなのかもしれない。競合他社のサービスが広まることで、自社サービスの利用が二次的に増える……。多種多様な業界・サービスが参入するキャッシュレス決済の市場構図は、ここに来てますます複雑化しているようだ。
キャッシュレス決済の比率を大きく伸ばしたコンビニ
そして、今後の市場動向を占うのが、消費増税後にキャッシュレス決済比率を大きく伸ばしたコンビニエンスストアだ。
以下、大手コンビニ各社における増税前後のキャッシュレス決済比率の速報値を見ると……
■セブンイレブン……今年8月時点でのキャッシュレス決済比率は金額ベースで35%、10月は7ポイント上昇して42%に拡大。
■ファミリーマート……今年9月までのキャッシュレス決済比率は件数ベースで20%、10月は5ポイント上昇して25%に拡大。前年同月比ではキャッシュレス決済比率は60%増。
■ローソン……今年9月までのキャッシュレス決済比率は件数ベースで20%、10月は6ポイント上昇して26%に拡大。前年同月比ではキャッシュレス決済比率は70%増。
このように、いずれも大きく上昇していることがわかる。
これについて各社は、政府の還元制度による2%のポイント還元のほか、QRコード決済事業者が展開する高率還元キャンペーンの影響があったと分析している。これまで少額決済で現金利用が多かったコンビニだが、100円単位のチョイ買いでも利用しやすく、かつ還元率の高いQRコード決済に消費者が流れていることは確かなようだ。
収益性の低いQRコード決済事業、各社とも黒字化への道は遠い
前出した富士キメラ総研の同調査では、2025年の国内キャッシュレス決済市場は約165兆円規模(2018年/約82億円)に達し、そのうちQRコード決済は、約7兆4000億円(2018年度/約2000億円)にまで拡大すると予測されている。
とはいえ、現状のQRコード決済は、まだまだ大型の還元キャンペーン頼みの面が強く、低率な決済手数料で収益を上げる事業モデルも確立していない。QRコード決済のサービスを手がける各社は、ユーザーを取り込む先行投資型のキャンペーンを目まぐるしく展開し、赤字覚悟のポイント還元に費用をつぎ込んで消耗戦を続けている。
その先には、QRコード決済を窓口にして、他の自社サービスの利用者を増やす戦略があるとみられるが、各社とも決済事業単体での黒字化は見えていないようだ。PayPayに出資するZホールディングスの川辺社長も、「決済回数の増加で赤字は縮小しているものの、大きく収益を出すには数年かかる」と記者会見で語り、早期黒字化は厳しいとの見方を示している。
先の見えない消耗戦の中で、事業者の淘汰が進む可能性も
海外と比べて現金志向が根強い日本では、ポイント還元がキャッシュレス決済利用の重要な要素となっており、政府の還元制度が終わった後の反動を懸念する声も広まっている。ここしばらくは各社のサービス・キャンペーンが乱立する状況が続くと思われるが、先の見えない消耗戦の中で徐々に淘汰される事業者も出てくるだろう。
そうした中、黎明期にあるQRコード決済が継続的に成長していくためには、利用できる店舗の拡大や収益モデルの確立、セキュリティの拡充、不正利用に対する補償の確保など、さまざまな面から地道な努力が求められることは間違いない。
そして、私たち消費者も目先のお得感に惑わされず、真に利用価値のあるサービスを冷静に見極めることが、成熟したキャッシュレス社会への第一歩となるのではないだろうか。
※データ出典・参考/富士キメラ総研(キャッシュレス/コンタクトレス決済関連市場調査要覧2019)、日本経済新聞
≪記事作成ライター:菱沼真理奈≫
20年以上にわたり、企業・商品広告のコピーや、女性誌・ビジネス誌・各種サイトなどの記事を執筆。長年の取材・ライティング経験から、金融・教育・社会経済・医療介護・グルメ・カルチャー・ファッション関連まで、幅広くオールマイティに対応。 好きな言葉は「ありがとう」。
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