カタルーニャ独立問題の歴史と現状


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スペインの自治州のひとつであるカタルーニャで、独立の機運が盛り上がっています。筆者はスペインとの関わりが深く、この問題に大いに興味を持っています。この問題を理解するには、歴史的経緯について触れる必要がると思います。
歴史的経緯を理解することで、問題の根深さを理解し、この問題が欧州の各地で独立機運が盛り上がり、欧州の今後の行き先を決定することになります。
それでは今回は、カタルーニャの基礎知識、そして歴史について勉強しましょう。

1.カタルーニャの定義:狭義ではカタルーニャ自治州(スペインの行政区分)、広義ではカタルーニャ語文化圏:カタルーニャ自治州、バレンシア自治州、バレアレス諸島自治州、アラゴン自治州の一部、アンドラ、フランスのピレネー・オリアンタル県、イタリアのサルデニャ島のアルゲロ市も含まれます。

2.カタルーニャ自治州の経済規模:人口約750万人(スペイン人口の約16%、デンマークよりやや多い)、対GDP(国内総生産)で、スペイン全体の約19%、デンマークに匹敵、アイルランド、フィンランド、ポルトガルを上回る。工業、観光業が主要産業と言えます。
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3.歴史:イベロ族→ローマ時代→西ゴート族→イスラム時代の流れ:フランク王国がイスラム教徒の北上を防ぐため「ヒスパニア辺境領」を設置しました。辺境領はいくつかの伯爵領から成り、バルセロナ伯爵が統一します。
988年:フランク王国から分離。カタルーニャの建国の年とされました。
1137年:カタルーニャ・アラゴン連合王国誕生:レコンキスタと地中海進出(ジャウマ1世「征服王」):イタリア、ギリシャにまで領土を拡大する。貴族、商人、職人が力を持ちました。結果13世紀末に世界最古の身分制議会の一つ「カタルーニャ議会」が誕生しました。議会の常設代表部「ジャナラリタット」は現在のカタルーニャ自治政府名称の起源となりました。
その後衰退への道を歩み、バルセロナ伯爵家の血筋が絶え、カスティージャ系の王が選出しました。その系統からフェルナンドとカスティージャ王国の王女イザベルが1469年結婚、1492年にレコンキスタが完了しました。その後、フェルナンドの孫でハプスブルグ家の祖となるカルロス1世の統治となりました。
1701年:スペイン継承戦争 スペインの王位を巡ってハプスブルグ家とブルボン家が争いました。自立を尊重してくれるということでハプスブルグ家につきました。結果はブルボン家が勝利しました。それから報復を受け、自治政府や議会は廃止となりました。それ以降カタルーニャ語は、公的に禁止となりました。バルセロナ大学は寒村に強制移転されました。
1898年:米西戦争で転機 イザベル女王の遺言で、カタルーニャ人はアメリカ植民地貿易に関わってはいけないとの遺言がありました。スペインの敗戦で、カスティージャ(マドリードを中心として主要地域)は機能不全の社会となってしまいました。
これに乗じて、カタルーニャにキューバへの投資資金が還流して、社会の工業化を進める。1888年スペイン初の万国博覧会をバルセロナで行いました。カタルーニャが復活することになりました。
スペイン内戦とフランコ独裁時代:カタルーニャ文化とカタルーニャ語の徹底禁止令が出ていましたが、1975年ファン・カルロス1世がスペイン国王になった際、民主化が進み、それと共にカタルーニャ文化復活、言語復活となりました。
これは経済的にはスペイン随一の自治州であるが、カタルーニャ文化、言語の抑圧の歴史が繰り返されていると言えます。

4.独立機運の盛り上がり
A:2010年スペイン憲法裁判所が、カタルーニャ議会で採択された新しい自治憲章の重要な部分に違憲判決を下しました。カタルーニャが民族であること、カタルーニャ語を優先的に公用語として使用すること、財政・司法・域内行政の独立性を強化することを謳った部分にカタルーニャ人が怒りました。
結果、バルセロナ市内で110万人が抗議デモしました。保守穏健派の大物政治家ジョルジュ・プジョルはもう独立しかないと発言しました。
B:マドリードの中央政府に国税を収めても、戻ってくる額が極めて少なかったのです。法律が定める差額の上限がEU(欧州連合)内で最も高く、地方自治体にとっては最も不利な仕組みになっていました。(ドイツの場合は自治体内総生産の4%が上限だが、スペインの場合は8.5%と倍以上でした。)

5.最近の動き:今年9月上旬にカタルーニャ自治州議会が、10月1日にカタルーニャ独立の是非を問う住民投票をすることを可決しました。即座にマドリードの中央政府は、住民投票は憲法違反であり、認められないとの立場を表明しました。10月1日に投票が実施されました。中央政府は警察官、治安警備隊を動員して、投票所の閉鎖、投票箱の回収措置などをとりました。投票結果は、90%が賛成票を投じるものとなりました。プチデモン・カタルーニャ自治州首相は、この結果を受けて、48時間以内に独立宣言するのではないかとの観測が出ました。選挙人総数5,343,358人に対して、実際に投票して人は、2,262,424人と42%の投票率でした。つまり58%の人が投票しなかったということです。                             
そして10月10日、プチデモン・カタルーニャ自治州首相は、州議会で演説し、「住民投票の結果、我々は独立した国家になるように託され、スペイン中央政府と対話するために、独立宣言する効力を一時停止することを提案する。」とし、建前独立宣言、実質独立延期を発表しました。今後スペイン政府との交渉、そして仲裁を欧州連合EU(欧州連合)に求めることになるのかもしれません。EUは、カタルーニャ独立は認めているわけではなく、独立となると、EUとしての関税の優遇も全くなくなることになります。今後の交渉を注目していきたいですね。
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そして経済、政治の影響としては次のことが予想されます。

経済:カタルーニャに本店を置くバンコ・サバデル、カイシャバンクなどが本店移転を検討していると言われています。スペインGDPの19%に匹敵するカタルーニャが独立すると、基幹産業、観光業に深刻な影響を及ぼしかねないのです。独立派指導部の一部には経済に大打撃を与えると懸念を示しています。このことも、今回の演説で独立延期をしたとの観測もあるようです。

政治:このような独立の動きは、英国のスコットランド、ベルギー北部のフランドル地方、そしてスペイン北部のバスク自治州の独立問題へと発展していく可能性があり、注意する必要があります。

金融市場の反応は、スペイン国債10年1.72%と、独立延期決定が好影響をしているのか、大きく売られることはない。株式市場も小幅下落にとどまっています。今後の進展次第で、ユーロの動きにも影響を及ぼしそうです。
今後も適時、この問題を当レポートでも取り上げたいと思います。

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«記事作成ライター:水谷文雄»
国際金融市場に精通するInvestment Banker。
スイス銀行(現UBS銀行)にて20年余に亘り外国為替および金利・債券市場部門で活躍、
外銀を知り尽くす国際金融のプロフェショナル。新興の外国銀行(中国信託商業銀行 )の
東京支店開設準備に参画しディーリング・ルームの開設を手掛ける。
プライベートではスペインとの関わりを深く持つ文化人でもあり、
スペインと日本との文化・経済交流を夢見るロマンティスト。


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