定年は数十年後……。そんな働き盛りの20代、30代の人の場合、定年も年金も現実味の薄い遠い先の話ではあろう。
しかし、サラリーマンであればいつかは定年を迎える。定年退職を現実問題としてとらえる時期になると、定年退職後の生活の糧となる年金にどうしても関心がいかざるをえなくなる。
そして退職時に直面するのが、「いつから、いったいいくら年金をもらえるのか」「受給開始年齢によって、どのような差があるのか」といった疑問だ。シンプルな疑問ながらも「人生100歳時代」を迎えたいま、選択いかんで老後の人生に大きな影響を与えることになる。
そこで今回は「年金受取開始時期」をいつに設定するとメリットが大きいのか……を考えてみよう。
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65歳受給開始。そう決めてかかる必要はない
年金の受給開始といえば一般には65歳が基本だ。長い間「60歳から」だったが、高齢者人口の増加による国の財政ひっ迫や、企業による定年延長策などもあって、いまは65歳に引き上げられている。
しかし、実はこの受給開始の時期は、自分の判断で動かせないわけではない、60歳を迎えた時点で、それぞれの経済状態や考え方によって、年金の受給年齢を繰り上げることも繰り下げることもできるのだ。
●もっとも早い繰り上げ受給年齢は60歳
●逆に受け取りを繰り下げる、もっとも遅い受給年齢は70歳
このように受給開始時期の幅は10年もある。
ならば、いったいいつから受給するのが得なのか。何歳から受け取っても金額に変わりがなければ、もちろん早いうちからもらうのがいいに決まっている。
しかし、当局もそんなに甘くはない。受給開始の繰り上げ、繰り下げには“巧妙な仕掛け”があり、それぞれメリットとデメリットがある。私たちはその点をしっかり理解しておくことが大切だ。
繰り上げ受給は、生涯にわたる減額を覚悟
長年働いてきて、60歳でようやく定年退職。収入がなくなれば、誰もが年金をあてにしたくなるが、65歳までの5年間の空白はもどかしい限りだ。とはいえ、収入がない状態で生活をしていくために年金がどうしても必要ならば、60歳以降いつでも前倒しして受け取ることができるのだ。
しかし、前倒しを決断した場合、大きなデメリットがある。それは……、
本来の受給年齢の65歳から前倒しすると、その月数×0.5%が減額 される点だ。
たとえば、65歳で年間180万円、月々15万円受け取る資格があったとしよう。
●仮に5年分前倒しして60歳からの受け取りにすると、
0.5%×15万円×60ヵ月分=45万円。年金の受取額は年間135万円に減額 されてしまうのだ。
しかも、この減額幅は生涯にわたり、途中で増額されることはない。
前倒しして受け取る人は、長生きするだけ損
繰り上げ(前倒し)受給 = 減額に関する考え方はいろいろある。
人間、いつ死ぬかわからない。
病気になるかもしれない。
交通事故にあうかもしれない。
さらに、もらえる権利があるのだったら一刻も早く……という考え方も一理ある。
しかも、減額されるといえ65歳からもらう人が年金の受け取りを開始した時点で、すでに約675万円も早くもらっていることになる。この675万円はけっこうばかにならず、65歳からの受給者が追いつくには16~17年かかる計算になる。つまり「76歳くらいまで」は前倒したほうがお得なのだ。
そして、繰り上げ(前倒し)受給者と65歳からの受給者では、70代後半から逆転が始まることになり、それ以降は総受取額の幅はどんどん広がっていくことになる。こうした数字の“巧妙な仕掛け”からも、以下の結論が導き出されることになる。
●前倒し受給者は、長生きすると損になる
そのほか、繰り上げ(前倒し)受給には、下記のようなデメリットもある。
●遺族年金との併給ができない
●60歳以降に障害者となった場合、障害年金がもらいにくくなる
1.5%しかいない、繰り下げ受給申請者
一方、65歳を超えてもあえて年金を受け取らない「年金の繰り下げ受給」。実は、これも一長一短だ。
こちらは、本来の受給資格を迎えてもあえて年金を受け取らない選択になるが、この場合は最高5年間据え置くことができるので、70歳まで受け取らずにいることができる。
気になるそのメリットは、据え置き期間の長さに応じて、
1か月あたり0.7%の率で増額計算される点だ。
増加率を表にまとめると、表①「年金繰り下げ受給と増額率」ようになる。
たとえば、65歳時に受け取る予定の年金が180万円だった人の場合、その受け取りを70歳まで後ろ倒しすると、180万円×142.0%=255.6万円となり、75.6万円も多く受け取れることになる。
60歳から受け取っている人が135万円なので、その差は毎年120.6万円もの差がついてしまう。これが生涯だ。
こうした数字から“繰り下げ受給はいいことづくめ”……という気がしないでもない。なにしろ70歳以降、月10万円もの差をつけて生活することができるのだ。
しかし、この年金受給開始時期を実際のデータを見ると、
●前倒し受給者は、全体の約20%
●後ろ倒し受給者は、全体の約1.5%
なぜなのか……。
ひとつは、周囲の人が年金をもらい始めてから5年間も、無年金で生活しなければならないことによる。よほど生活に余裕のある人や、仕事での収入がある人でないと、そんなには待てないものだ。
もうひとつ大事なのは、その5年間受け取りを先延ばしした分の金額回収には、約12年かかるといわれている点だ。つまり82歳にならないと、65歳から受け取った人と同額にはならないことになる。当然ながら82歳を超えれば、あとはどんどん差を広げていくことになる。要は、前倒し組とは反対に「長生きすればするほどお得」という仕組みを享受できることになる。
個々のライフスタイルで、受給時期を決める
さて、あなたならどのような選択をするだろう。
人間いつ死ぬかわからないのだから一刻も早く受け取って、今の生活をエンジョイしようという気持ちもよくわかる。
一方、「人生100歳時代」なるキーワードを最近よく見聞きするが、首相官邸のHPでは「人生100年時代構想」と銘打ったコンテンツが披露され、人生100年時代を見据えた経済社会の在り方を構想した政策がすでにスタートしている。
これからは、これまで以上に長生きの時代がやってくる。そうした意味では老後の生活資金が困らないよう少しでも年金受給時期を後ろ倒しにして、70歳以降の生活を安定させようという考え方も理屈にかなっている。つまりは、個々が考えるライフスタイルで年金受給の時期は決まる、といえそうだ。
数字に表れている通り、年金受給者の約8割が65歳という基本の受給年齢で受け取りを開始していることは、翻れば前倒しのリスクも、後ろ倒しのリスクも負いたくないというごく自然な発想、流れで決まっていることなのだろう。
議論かまびすしい年金だが、年金受給開始の選択を個々に預ける方法は、財政がひっ迫する国が用意した苦肉の策でもある。誰もが同じ年に、同じ額の年金を受け取れることが最もよい方法なのだが、現状の年金システムに存在する“巧妙な仕掛け”にひっかかることなく、最善の受給年齢を選択したいものだ。
≪記事作成ライター:小松一彦≫
東京在住。長年出版社で雑誌、書籍の編集・原稿執筆を手掛け、昨春退職。現在はフリーとして、さまざまなジャンルの出版プロでユースを手掛けている。
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