Brexit、つまり英国のEU(欧州連合)からの経済的離脱について、英国内で暗雲が漂い始めています。
英国は、来年3月29日がEUから離脱する期限となっており、その前に、離脱条件に「合意あり」なのか「合意なし」なのかを判断する期日が来年1月21日に迫ってきています。
今回は、そんなBrexitの現状とそれが与える影響を考察していきましょう。
ネックとなるアイルランド国境問題
メイ英首相は、閣議、議会を強行突破して、英国の離脱に向けた手続きを行いたい意向のようですが、アイルランドとの国境問題が一番のネックとなっているようです。
英離脱協定案要旨のアイルランド国境の条項には、「20年末までの移行期間中に北アイルランド問題が解決しない場合、英国は『(英国本土をEU関税同盟に残す)バックストップ(安全策)』か、移行期間を延長するかを選ぶことが出来る。延長の可否は英EUの共同委員会で判断する。」と書いてあります。
この条項の解釈で、閣内と英議会は混乱しているようです。
バックストップを選択すると、結局のところ、EUのルールに従い続けることを意味します。
一方で、移行期間を延長する案の選択は半永久的にEUに従う離脱になるとして、強硬派から強い反発があります。
つまり、「合意あり」の草案で進んでもEUにかなり縛られることになってしまうため、EUから離脱しても意味がなく、不利益だけを被ることになってしまうのではないか、というのが議会内、そして英国民の意見ではないかと推測されるのです。
Brexitに対する英国民の意識
下記世論調査(出所:ウォールストリートジャーナル紙)は、現在の民意を反映しています。
これを見ると、現在全国民の内、42%(赤部分)がBrexitに反対しており、わからないという国民が39%(灰色部分)も存在しています。
合計すると、81%の国民がBrexitに対して懐疑的な考えを持っているのです。
離脱に反対した人々、EUに留まるべきだとした人々、与党支持者、野党支持者の調査結果を見ても、Brexitに反対する人々が次第に増殖しているように思います。
筆者は、現在の状況でBrexitの再国民投票をすると、ほとんどの人がBrexitに対して反対という結果になるのではと推測します。
内閣の閣僚の中にみられる辞任の動き、そして与党保守党の中からもメイ首相に不信任案を提出する動きもあるようです。
野党労働党は、当然のことながら、メイ首相の退陣を迫ることになります。
注目すべき今後の動き
第一のハードルとして注目すべきは、強気のメイ首相が退陣となるかどうかです。
そうなった場合には、今回の件は「合意なし」の離脱になる可能性が出てくることになります。
つまり、裸の英国となり、今後は個別にEU又は各国と交渉する動きに進むのではないかと推察されるのです。
さらに、これからのスケジュールでは今月25日の臨時EUサミットに注目が集まります。
19日に行われた外相らEU担当閣僚による総務理事会の臨時会合では、英離脱協定が報告され、バルニエEU主席交渉官は「全27ヵ国の閣僚から支援が得られた」として、EUは離脱の再交渉には応じない姿勢を示しています。
つまり、25日の臨時EUサミットの首脳会議の場では、英国の混乱をよそに、修正案には応じないことで纏まるのではないかと推測されます。
その後は、英国サイドの日程にBrexitはゆだねられ、12月中には英議会で離脱協定案の採決をします。
ここでBrexitが了承されれば、来年1月中の関連法案採決を経て、3月29日に「合意あり」として英国のEU離脱が決定となります。
しかし、12月中予定の英議会で否決されると、一気に、EUに再交渉要請、2度目の国民投票、メイ首相の退陣、総選挙のという方向に進むと思われます。
国境問題以外の重要な観点
ここで、「合意あり」として事態が進行した場合のアイルランド国境問題以外の重要事項の確認をしましょう。
金融サービス事項では、英金融規制がEUと同程度か判断する「同等性評価」を2020年までに終えるとしています。
しかし、同等性評価の文言は、現状より英国に不利になることは避けられないという見通しだと言われています。
そのため、英国に欧州拠点に設け、これまで欧州全体を支店を設けていた金融機関は、相当数が大陸にある、つまりEU内のフランクフルト、ルクセンブルグ、パリなどに営業拠点を設ける動きが続いているのです。これに関しては、日系の金融機関も追随する動きにあるようです。
製造業の中でも、Brexitの動きに対応するような流れがあります。
例えば、これまで製品の部品をEU域内で生産し、英国で組み立てるという形式をとっていた製造業者は、「合意なし」の離脱になると、個別にこれまでより高い関税を各国ごとに協議して設定するといった複雑な手続きをすることになります。
そのため、高い関税に加えてコスト高の製品となり、価格競争力で劣った英国製品となると推察されます。
これに関しては、今後様々な弊害が出てくることが容易に予想できます。
金融市場への影響
Brexitが金融市場にはどのように影響しているのか、BOE(イングランド銀行)の動き、そして債券と為替の動きを検証してみましょう。
BOEは今年8月、政策金利を0.25%引き上げ0.75%としました。資産購入プログラムも4350億ポンド購入と、資金供給策は継続しているようです。
また、10月の消費者物価指数は2.4%と、BOEのインフレ目標2.0%を上回っており、このまま利上げスタンスを継続していきたいところです。
ところが、やはりBrexitがどのように決着するかについてはBOEも懸念を抱いているようです。
「合意あり」「合意なし」の離脱になるのかどうか、先行きが見通せない状況下では、経済見通しも来年以降は弱い経済成長率を描いているように見受けられます。
Brexitへの懸念は、債券と為替市場にも不安を残しています。
下記グラフ(出所:ウォールストリートジャーナル紙)は、英ギルト債10年の過去1年の利回りの動きです。
一般的には、債券市場は中央銀行、つまりBOEが利上げスタンスを継続していると読めば、利回り上昇の動きとなります。
しかし、グラフをみてみると10月に1.60%近辺を付けましたが、それ以降は利回り低下の動きとなっています。
つまり、リスク回避の債券買いの動きになっていると言えるのです。
為替市場でも、ポンド下落の動きが著しいと言えます。
下記のグラフはポンド/ドルの今年2月からの推移を示しています。
これを見ても、中長期のポンド下落の動きが予想されます。
まとめ
メイ首相、つまり保守党党首の不信任投票が今週中に実施されるかどうか、来月から来年1月までに行われる英議会で離脱関連法案の採決の結果がどうなるのか、英国・EUが「合意あり」か「合意なし」の判断する期限である1月21日、3月29日の離脱最終期限はどうなるのかなど、今後かなりのハードルが予想されます。
市場はそのたびに一喜一憂し、ポンド相場も下落の動きが進むのではと考えます。
現在のポンド関連の金融商品はかなりリスクが高く、そして為替相場でもポンドは中長期の下落方向に入っている可能性があります。
投資家の皆さんは、慎重姿勢で臨むことが必要ではないかと思います。
«記事作成ライター:水谷文雄»
国際金融市場に精通するInvestment Banker。
スイス銀行(現UBS銀行)にて20年余に亘り外国為替および金利・債券市場部門で活躍、
外銀を知り尽くす国際金融のプロフェショナル。新興の外国銀行(中国信託商業銀行 )の
東京支店開設準備に参画しディーリング・ルームの開設を手掛ける。
プライベートではスペインとの関わりを深く持つ文化人でもあり、
スペインと日本との文化・経済交流を夢見るロマンティスト。
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